政府登録国際観光旅館
有福温泉旅館樋口
〒695-0156
島根県江津市
有福温泉町
TEL:0855-56-2111
石見銀山
(大森銀山)
世界遺産登録(平成19年)を目指す石見銀山へは
当館より車で1時間弱!
山陽方面より高速道路経由または石見空港よりアクセスする拠点としてご利用ください。
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広島市内(車で2時間15分)→有福温泉(車で1時間15分)→石見銀山
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石見空港(車で1時間20分)→有福温泉(車で1時間15分)→石見銀山
当館より山陰道江津西ICよりR9を北上し、温泉津温泉を通過後、
仁万交差点を右折、県道31号へ。
300年前の面影を残す穏やかな町並み
かつて日本有数の銀山として名を馳せた大森町には当時の繁栄を偲ばせる佇まいが残っており、平成19年に世界遺産登録を目指している。武家屋敷、町屋、庄屋屋敷、寺社などが混在する町並みは訪れる旅人を遥か古の時へと誘う。
おすすめリンク
>石見銀山ホームページ
>石見銀山資料館
◆大森町
山に埋もれるようにたたずむ大森町。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている
◆龍源寺間歩
江戸時代中期、代官所直営の間歩(御直山)として操業された。現在唯一見学可能
◆代官所跡
昔で言えば奉行所跡です。260年の間に59人の代官、奉行が交替しながら勤務していました
◆うめの店
/店主のオリジナリティーあふれた創作料理が人気
◆BURA HOUSE
/古民家を改装した店内のカフェは緑いっぱいの中庭に面した癒しのスペース
◆ワイルズ画廊
/彫刻家ワイルズさん、地元作家の作品が並ぶ
◆銀の店
/お土産にぴったりの銀製品を手造り&販売する店
◆御前そば
/羅漢寺前に湧き出る清水・三百水を使って手打ちするそば
◆竹下ブリキ店
/鉱山で働く人々の必需品だったカンテラを代々造っていた店
◆中田商店
/白ゴマが原材料の自家製ゴマ豆腐の店
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16世紀、世界で最も有名な銀山のストーリー
日本を代表される銀山として知られる石見銀山は14世紀に発見されたと伝えられています。その後、本格的な開発は勘合貿易の中心人物・神谷寿禎によってなされました。
寿禎は間歩(まぶ)と呼ばれる坑道を掘り、大量の銀鉱石の採掘に成功します。さらに天文2年(1533年)には灰吹法と呼ばれる精錬方法を導入し大量の銀を生産するようになりました。17世紀ごろ、西洋では良質の銀を「ソーマ銀」と呼ぶ人がいましたが、これは石見銀山の旧地名「佐摩(さま)」が言語です。銀の量産のみならず、その質の高さが世界に認められていたのです。
寿禎の開発後、約70年間にわたって地元の支配者による激しい争奪戦がおこなわれた上、関が原の戦いに勝った徳川家康はそのわずか10日後に直轄化。銀を尾道へ陸路で運び製品管理を徹底したほどです
それ以前には石見の銀はたいてい10キロ西の温泉津へ運ばれていました。しかし、温泉津には具体的な積み出しを記述した史料は一切残っていません。実態は中国の絹織物などと物々交換していたからだといわれています。ここには当時の世界情勢が映し出されています。西洋ではポルトガルやスペインを中心とした大航海時代に突入した一方、東洋では銀本位制の中国が、海上交通や貿易などを制限する海禁制度をとっていました。人が世界的規模で交わり始めていたなか,貨幣価値を持つ銀は,主に密貿易で動いていたのです。
17世紀前半の石見銀の産出量は年間約1万貫(約38t)と推定され、世界の産出銀の約3分の1を占めていたといわれる日本銀のかなりの部分を産出していたと考えられています。
「ポルトガルより鉄砲伝来、天文12年」、「スペイン人フランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来、天文18年」・・・もしかすると彼らの本当の目的は,日本の銀だったのかもしれません。
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